久しぶりに、今もJHAに所属している中で私の次くらいに古くから活動している時計作家のワカナちゃんに会った。
彼女は見るからにその存在感が、コツコツとモノを作る作家らしく。
もてはやされたりしても奢った態度を取ったり、ムリに他人に合わせたりせず、その人柄の分身みたいな、手にすると気持ちが清くなるようで、ほっとするような時計を作る人で。
20年前くらい前、最初に会った時は東京に居たけど、しばらくして「京都に呼ばれてる気がした」と京都に移り住み、震災の後、故郷の仙台に戻って、今もそちらで時計を作りつつ喫茶スペースのあるアトリエショップを経営している。
今回は、なんだかふたりとも涙もろくなっていて、大した事でもないのに事あるごとに琴線に触れては涙が出て、それを止めたいのに止まらなくてそれがまたおかしくて笑いながら何度か泣いてしまった。
笑いながら泣いてる時は、涙の訳が解らなかったけど。
帰りの電車の中で
「多くの若い作家が周りにいる中で、久しぶりに古株のワカナちゃんと向き合ったことで、作家としての原点のその頃の至らなさや青さを断片的に、でも、はっきり思い出したのと同時に、それがものすごく遠いところになってしまった、という事を思考より先に、こころが気がついて反応してたんだな」 と思いました。
あの時は訳もわからず泣いていたけど。
今、あらためてそのことを思うと、すこし痛いけど悲しくは無くてほんのり甘くて優しい。
そしてその優しさがまた痛いのだけれど。